探偵とハードボイルド小説
頭脳戦で冷静に謎を解いて行くかっこいい探偵が登場する小説は「ハードボイルド」小説と言われます。
そもそも英語でハードボイルドを直訳すると「固ゆで卵」のことですから、日本人にはちょっと探偵とは似つかわしくない言葉に感じるでしょう。
でもその意味は実は深く、卵を混ぜることを英語でビートということから、固ゆで卵のようにビートしない=殴らないという裏の意味があるのです。
つまり、暴力ではなく頭脳で解決するクールな探偵小説、それがハードボイルド小説と呼ばれるようになりました。
第一次大戦後、アメリカ文学では簡潔な文体でスピーディーな展開を繰り広げる写実的な文体そのものが、ハードボイルドと呼ばれるようになりました。
その走りはヘミングウェイでしたが、のちに探偵出身のダシル・ハメットという小説家が、探偵サム・スペードが登場する長編作品でこのジャンルを確立したと言われています。
ダシルのおかげで、今ではタフで冷静な個性を持つ都会派の探偵がハードボイルドの象徴となりました。
ダシルは自身も探偵業を生業としていたことから、説得力ある描写で都会の闇と正義を見事に描き切ったと言えるでしょう。
日本で紹介された50年代
アメリカで大人気となったハードボイルド小説が日本語に翻訳され紹介されたのは、50年代に入ってからです。
誰もが知るコナン・ドイルのシャーロック・ホームズや、レイモンド・チャンドラーのプレイバックなど、確かに名作と言われる小説が数多く翻訳されています。
またこうした日本でのミステリー小説ブームが、数々の日本作家も生み出すことにつながったと言えるでしょう。
ただ、実は戦前にも日本には優秀な探偵小説家がいました。
黒岩涙香(くろいわ るいこう)はそれまで海外の小説を日本での舞台に変えたうえで翻訳する作家でしたが、1889年には日本初の探偵小説「無惨」を発表しています。
前述のシャーロック・ホームズが世に出たのが1888年、ほんの1年前ですから、時を同じくして日本にもオリジナルの探偵小説が生まれたと言えます。
ほかにも夢野久作(ゆめの きゅうさく)や山本禾太郎(やまもと のぎたろう)、森下雨村(もりした うそん)といった探偵小説家はちゃんと日本にいました。
戦後広く普及させることに絶大な貢献を果たした作家と言えば、誰もが知る江戸川乱歩(えどがわ らんぽ)ですが、乱歩以前にも探偵小説を育てる土壌はあったのです。
日本で人気のある探偵は
日本の作家が生んだ日本で人気の高い探偵を紹介しましょう。
まずは横溝正史(よこみぞ せいし)が生み出した強烈なキャラクター、金田一耕助がNo.1 と言えます。
小説の中では、身長164cm程度の平凡な顔立ちの中年男で、体格が貧相なのでコンプレックスを抱いている冴えないキャラクターに描かれています。
雰囲気がコウモリに似ているとも書かれるほど、なんとも不気味な人物像ですが、まぎれもなく日本を代表する探偵キャラクターの1人です。
次に挙げられるのは、江戸川乱歩が生んだ明智小五郎です。
小説では探偵小説好きのプータローで、貧乏生活を送る中で有名な素人探偵となる人物です。
乱歩は後に一作限りの使い切りキャラクターとして作ったと述べていて、最初は探偵ではなく単なる探偵小説好きの冴えない男性でした。
それが日本の三大名探偵になろうとは、まったく予想していなかったでしょう。
日本三大名探偵の最後の1人は、高木彬光の推理小説に登場する神津恭介です。
この人物は先の二人から一転して才能あふれる美男子で、高身長、高学歴、6か国語を使いこなすうえにプロのピアニストも脱帽の腕を持つエリートキャラクターです。
実際の探偵はこんなに何でもできる人材もそうそういないでしょうし、そうでなければ探偵業は務まらないというわけでもありません。
かといって前述の二人のように奇人と呼ばれるような人物でもありませんし、不審者に間違われるような人材でも困りますね。